スキなんですもの！

「とある夜」

　元から―――というには違う。恋人として一緒に暮らし始め、生活を営むようになってから、直也の肌は年相応に蘇ってきていた。何せ、それまでは家庭の事情で一人暮しであったことが災いし、自分の出で立ちのことなど気にするゆとりはなかったからだ。
　色々な出来事もあった。やっとそれらがクリアされ、年上の恋人との生活にも慣れてきて。
　恋人の兄曰く。

「直也くんの肌とても触り心地いいよねえ」

　まさに直也を溺愛してるといっても過言じゃない、その人の実兄からにこやかに言われて、直也は焦りまくった。何しろ隣には怒りマークを眉間に寄せていた恋人がいて。当然実兄が言ったことなど把握済みだ。何しろ毎晩―――とはいかなくとも、その肌に触れているのだから。

　それはさておき。
　直也は最近石鹸にこっている。別に手作りするまでには至っていないが、身体を洗うボディーソープをこの頃は石鹸に変えた。和泉経由でもらったとある石鹸がきっかけなのだが、それがまたとてもいい香りで。
「蒼江さんもよかったら使わない？」
　とってもいい香りなんだよ、と差し出されたそれは綺麗なオレンジ色でハーブの甘い香りがした。
「ずいぶん気にいったみたいだな」
「だってこれすごい泡立ちがいいし。ちょっと溶けやすいけど香りがいいからすごくリラックスできるんだ」
　仕事から帰って、一緒に夕飯を食べながら「確かに」と思う。直也のお気に入りなので蒼江から使おうとはしなかったのだが、一緒にお風呂に入る時は自然と蒼江がその石鹸を泡立ててやることも多いわけで……。
　蒼江は今までは市販の―――といってもやはり割と高価なボディーソープだが―――を使っていたもののそれに対しての絶対のこだわりをもっているわけでもない。どうせなら恋人と同じものを使うのもいいだろう。何しろその石鹸を使うようになってから前以上に、直也の肌はすべすべで。
「肌にも合っているようだな」
「うん、そうかも。だってこれ肌にもいいらしいオイルが入ってるんだって」
　このオレンジ色がそうだよ。直也が教えてくれた。
「和泉にこの石鹸のネットのアドレス教えてもらったから昨日注文しちゃったけど……だめだった？」
　そんな目で言うな、と蒼江は内心思う。そんな上目遣いで無意識のおねだりされて否と言える筈もない。見た目ポーカーフェイスばかりの蒼江も恋人には過保護で甘い恋人だ。
　くしゃり、と直也の柔らかな髪を優しく撫で上げた。
「別に構わん。気にいったんだろう？」
　蒼江自身はいささか甘い香りすぎの印象があるのだが香水とは違うからまあいいかと思うことにする。何よりこの石鹸を泡立てている時の直也の笑顔がひどく可愛くて。
＜小僧に礼を言ってもいいくらいだな＞
　フッと密かに蒼江は微笑む。最近は仕事もそんなに混んでいないから一緒にお風呂に入ることもできる。前以上にその肌を堪能できる楽しみもあるくらいだ。
　しかしそのことはあえて口にしたりしない。そんなことを言えば恥かしがり屋の子猫は直ちに真っ赤になってもう使わないと言い出してしまう。
「よかった！じゃあ、俺お風呂の仕度してくる」
　恋人との同棲生活の中で未だに積極的でなかった一緒のお風呂も、この石鹸のおかげか、直也は無邪気な笑顔で「一緒に」と言ってくる。無意識とはいえ、石鹸ひとつですごい威力というものだ。
　カタン、と蒼江は椅子から立ち上がった。先に準備をしている直也のところへ向かうために。
＜明日は休みだしな……ゆっくり浸かるか＞
　甘い香りに誘われて今夜はいつも以上に長いバスタイムになりそうであった。

[4回]